今年の1月、わずか数週間前のことですが、tonari はかねてより着々と準備してきた重要なマイルストーンを達成しました。フロンティアコンサルティング社の東京と大阪のオフィスで、tonari のパイロットプログラム(実証実験)が始まり、日々の業務の中で様々な方に使っていただくことになったのです。tonari チームの手を離れ、遠隔地での導入に心配はたくさんありましたが、大きな障害や問題はなく、意外にも順調なローンチとなったのは嬉しい誤算でした。このマイルストーンを受けて、社内で識別に使用している製品バージョンも安定版を意味する1.0に更新されました。
tonari が立ち向かってきた様々な技術的課題を考えると、ここまでの道のりは平坦なものではありませんでした。2017年の構想以来、「ドラえもんのどこでもドア」のようなものをずっと思い描いてきました。遠く離れた場所が、まるで眼の前にあるかのように感じられる扉のようなもの。アイデアをうまく伝えることができず、「大きな Skype を壁に掛けたようなものです」と冗談混じりに言ったこともありました。
では tonari は実際に何だと聞かれると、やはりそれは「どこでもドア」と「大きな Skype」のどこか中間にあるものです。ただ、自分達で言うのもおかしな話ですが、試作機が完成して実際に使ってみた感想は、想像していたよりもとびきり良いものでした。ちゃんと目線が合う!空気感が伝わってくる!それだけでなく、tonari で話すと本当に一緒の空間にいるかのような錯覚に陥ることを体感しました。ときには、記憶の中でリアルとバーチャルの境界があやふやになり、「あれ、先週会いましたよね?」といった勘違いにつながることも。
tonari の体験を言葉や画像で説明するのは容易ではありません。例えば夕焼けに燃える富士山のように、それは実際に見て感じて初めて本当に理解できるようなものです。本当はぜひ皆さん一人一人に tonari を実際に体験いただきたいところですが、とりあえず今日のところは試作機を使ってみた方々からの感想をご覧ください。
少し稚拙な表現かもしれませんが、「百聞は一見に如かず」とある通り、対峙する人の背景を視覚的な情報から推し量れることは、より互いにリラックスしてコミュニケーションが行える1つの要素になると感じました。
少し前は私も WEB 会議システムなどのコミュニケーションツールの進化系と考えていましたが、常時接続がもたらす効果なども考えると、それよりも、(物理的な移動はできませんが)どこでもドアに近いイメージを今は持っています。
印象に残ったことは…後尾さんが素足だったこと(笑)そこまで見えるからこそ、「連絡を取った」というより、後尾さんに「会った」という印象が、いま家に帰っても残っています。
毎日使用していると、空間のつながりを強く感じるようになり、スクリーンの向こう(東京本社)に歩いていけそうな気がしています。案件打ち合わせのときも、声以外の情報が入ってくるので、話の内容の温度感がとても伝わります。
全体的に技術の高さに驚きました。あの解像度・フレームレートの映像と音を低レイテンシーで送る技術は素晴らしいと思います。当初は「大きな Zoom」くらいにしか思ってなかったのですが、レスポンスの速さや映像の解像度が担保されることで、体験の質が全く違ってくるというのを肌で感じました。特に、同じタイミングで話しはじめようとした時に、私が一瞬息を吸ったのを見て、葉山にいた後尾さんが話すのを止めた瞬間、その違いを強く感じました。
個人的には遠距離通勤のバカらしさやいい環境で働くことの意味を改めて考えさせられました。 帰りの電車の中で、鎌倉・藤沢あたりの海沿いでオフィスとして使えそうな物件を探したりしたくらいです。
tonari の出発点と理念
ご存知のことかと思いますが、tonari は2017年に創業し、2018年に日本財団からの助成金を受けて本格始動したソーシャルベンチャーです。年間およそ5000万円の助成を受け、tonari の掲げる社会的目標に向けて、製品開発を進めてきました。
助成金を受け初期の活動の母体になったのは、非営利組織である一般社団法人 tonari です。試作機の開発を牽引しながらも、研究活動や意見交換によって社会課題の理解を深めることにも注力してきました。長距離通勤や出張、離れた場所で暮らし、働く人々の様々な課題点や軋轢をしっかりと理解することが、10年後の未来に必要とされる本質的な解決策を見つける上で重要と考えるからです。近年になって、働き方、住む場所、教育のあり方などが大きく再定義されようとしています。私達はその変化の最前線にいつづけたいと考えています。そして、tonari という製品を通して、グローバル化によって生じた様々な社会・環境問題に一石を投じ、柔軟な生き方を追求しながらもより深い繋がりを維持したいという新時代のニーズに答えていきたいと思っています。
この理念の実現を加速するため、私達は昨年には tonari 株式会社を立ち上げました。株式会社の役割は、技術的課題に対して積極的にアプローチし、tonari の体験を支えるユーザーサポートなどの体制を確立しつつ、世界規模でスケールする流通・導入プロセスを構築していくことです。また、複数分野の投資家や製造企業などと連携することで、非営利セクターとは別の資本やリソースを最大限に活用し、tonari の製品化を加速させ世界規模のインフラに成長させていきます。
一般社団法人と株式会社はこれからも、車の両輪として互いに補完しあっていく関係です。役割が違うからこそ互いに切磋琢磨し、短期的な視点に惑わされることなく、本来の社会理念に向けて舵を切り続けることができます。 tonari の中心メンバーは現在、エンジニア4名、リサーチャー1名、パートナーシップ1名、デザイナー1名の合計8名ですが、契約ベースで参画してくださっている方やアドバイザーの方も含め、程度の違いこそあれ両方の会社になにかしたらの形で関わっています。
tonari のミッションは、仕事や教育、コミュニティにいつでも繋がれるよう、物理的な距離を排し、境界のない世界をつくり出すことです。ひとりひとりが、今いたい場所にいられる環境を整えることで、誰もが生活や仕事を理想的に両立できる社会を実現したいと思っています。
tonari の理念や考え方、企業構成についてさらに詳しく知りたい方は、ウェブサイトをご覧頂くか、月一でお送りしているニュースレターをぜひご購読ください。
実現までの道のり
2017年の構想の段階では、アイデアが実際にどんなかたちに実現するのか明確には分かっていませんでした。離れた場所をつなぐ、というアイデア自体はとてもシンプルです。しかし、それを実現するために解かなければならない技術的課題は多岐にわたるものでした。
- 映像面でリアリティを追求するため、相手が等身大で映し出され、目線が合う必要があります。些細な空気感も伝わるよう、部屋の奥の方まで見通せることも重要です。
- 常時接続だからこそ、ふとした会話も可能になります。でもその分、騒音や関係ない会話も垂れ流しになってしまいます。指向性マイクやピンマイクを使うことなく、騒音を排除し、利用者の声だけを優先的に拾う技術が必要です。
- 身振り手振りや、とっさのリアクション、自然な会話を実現するには、映像・音声の遅延ができるだけ小さくなくてはなりません。
- プライバシーやセキュリティを担保しユーザーの信頼を培っていくため、ユニークで強固なインフラの設計が必要です。
- ハードウェアから最大限のパフォーマンスを引き出し、滑らかなユーザー体験を実現するため、時には USB バスやネットワークスイッチの処理速度限界に至るまで、細かな調整が必要です。
- これらの技術的課題を解決しながらも、それを安定的に運用しスケールアウトしていくには、コードの複雑性を最小限にする努力も必須です。tonari のコードベースは WebRTC に比べてわずか2%程のサイズに抑えられているのもそのためです。
どれをひとつとっても様々な技術的な課題が山積みで、まだ全てを解決したとは思っていません。ただ、チームの尽力のおかげで、それぞれの分野において確実な前進がありました。ハードウェアなどの要素技術がちょうど良いタイミングで世に出てきたことも追い風になりましたし、tonari の体験を構成する様々な技術要素を網羅的に研究開発してきたことで、製品化に至るまでの課題点も明らかになってきました。ノイズキャンセリングなどによるさらなる音質の向上、より鮮明でハイコントラストな映像、数十・数百の拠点に導入していくための流通・設置体制などがそれにあたります。
まだ開発段階にある技術も多く、ここですべてを語ることはできませんが、要素技術の成熟度に応じて少しづつ公開していく予定です。開発者コミュニティを後押しするため、tonari の一部のコードをオープンソースしていくことも予定しています。今年の後半には、パイロットプログラムのフェーズを抜け、早期カスタマーの方に tonari の製品をお届けすることができる予定です。
パイロットと早期カスタマー
生産・流通体制をスケール可能にし、より多くの方に製品をお届けできるような体制を整えることが今年の重要な目標です。最終目標は、tonari が量産可能になり、公共交通機関や携帯電話のように社会のインフラの一部として、特定の恵まれた人々だけでなく、すべての人が使えるようになる未来を実現することです。その意味で、tonari の成功は社会的インパクトの大きさによって図られるべきです。同時にそれは職場やエンタープライズ顧客をターゲットにした B2B 製品の開発だけに注力すべきでないことを意味しています。
この難しい課題を攻略していくには、新規技術や製品がいかに初期の研究開発段階を抜け出し、マス化し、人々の日常の一部になっていくのか、その仕組みについて構造的な理解が必要だと考えました。私達は、構想の初期から、Tesla のモデルを参考にしてきました。Tesla の場合、Model 3 のようなマス・大衆向けの電気自動車をつくるために、まずは Roadster や Model S を発表し、革新的で前衛的なアイデアで早期カスタマーの心を鷲掴みにしました。これらの初期モデルは限定生産で非常に高価でしたが、電気自動車が当たり前の未来がすぐ近くにまで来ているという実感を人々の心に植え付けただけでなく、ブランド価値や評判を後押しし、Tesla を市場の牽引者として確立しました。その間にも Tesla は着々と生産設備を整え、ノウハウを蓄積し、関連企業との戦略的パートナーシップを展開しながら、マス向けの電気自動車を生産する準備を固めてきた訳です。
Tesla の成功例から学び、tonari は今年、パイロットパートナーや早期カスタマーに向けて質重視のオーダーメイド製品を作ることに注力していきます。例えば、ユーザーそれぞれの空間や利用シナリオに合わせてカスタマイズを重ね、唯一無二の空間を作り上げます。問題が発生した時には、専属のチームが解決まで手厚くサポートし、課題点はできるだけ早く洗い出します。すべてのユーザーに最新で最高の体験を届けられるよう、新しいソフトウェア機能の完成や、より優れたハードウェアの発売に合わせて納品済みの製品も逐一アップグレードしていきます。
高級スポーツカーと同様に、このビスポーク(カスタムメイド)版 tonari は生産量も限られ、高価なものになります。そこで、初期のパイロットプログラムに参加してくださる方には、日本財団の助成金や他のスポンサープログラムを通じて、費用の一部を tonari が負担いたします。そして、今年の後半に向けて、tonari を導入することで大きなコスト削減・課題解決を見込めるチームや個人の中で特に前向きで影響力のある方を対象に、早期カスタマープログラムを実施します。
すでに走っている1件に加え、2020年には最低でもさらに4件のパイロットプログラムを開始し、様々なチームや地域、ユースケースのもとでtonari を検証していきます。職場のユースケースに加えて、教育関係で最低1件、そして分散したコミュニティや家族をつなげる社会ユースケースについても最低1件を予定しています。プログラムの詳細については、春頃にアナウンスしますので、候補となるうる企業や個人の方をご存知でしたら是非ともご紹介いただければと思います。
また、2020年後半には、一部の早期カスタマーの方に向けて製品を展開していければと思っています。まずは日本から、そしてアジアの一部、アメリカへと順に展開していく予定です。ビスポーク版の完成度も日々高まってきており、最終的な機能や価格帯、オーダー方法などについて詳細をご報告できる日を私達も心待ちにしています。
パイロットプログラムからの学び
ビスポーク版の開発に専念し生産量を限定するのは、成長戦略の一部であるだけでなく、チームの学びを最大化するという狙いもあります。些細な点にいたるまで tonari の使われ方を理解し、課題点を洗い出していくには、少数精鋭のユーザーに寄り添い精密なユーザーリサーチを積み重ねていく必要があります。tonari を社会インフラとしてスケールしていくためにも、日々の利用シーンを通して tonari の価値や潜在力を深く定性的に理解したいと考えています。
パイロットプログラムは、この学びを最大化する戦略をもっとも具現化した一つの形と言えます。導入にかかる費用に関してはその大部分を tonari が負担する一方、プログラムに参加いただく方には、導入や使い方のサポート、tonari チームとの定例ミーティング、そして使用感に関する意見や感想、成功例などを収集する積極的なお手伝いをお願いしています。
第一弾パイロットであるフロンティアコンサルティングの場合は、東京と大阪のオフィスのオープンスペースを tonari でつなげました。普段から多くの方が通る場所にあり、カフェスペースやオープンデスクが近くにあることもあり、tonari 空間は何気ない挨拶や質問を投げかけたり、プチミーティングをするのに最適です。ランチ会や交流会などのイベントにも積極的に使われています。両拠点にはおよそ200名の方が働いていますが、日々の利用の中で様々な実験を計画したり、tonari の利用を促進するアイデア出しをしてくださっているのは、私達が「ファシリテーター」と呼んでいるフロンティアコンサルティング社内のボランティアの方々です。興味深い学びが集まってきていますので、3〜4月頃にはそれをまとめたレポートを公開する予定です。
さらに2020年を通して、複数のパイロットプログラムを展開することで、より多様な環境で tonari がどのように使われるのか理解を深めていきます。ソーシャル物理学などの学問体系に関連付けたり、コミュニケーションの質の向上、移動費や時間の軽減など、定量的なリサーチやデータも収集していきます。特に教育、コミュニティや家族に関わるパイロットプログラムでは興味深い学びが得られると思い、楽しみにしています。追加のパイロットプログラムについても、それぞれレポートを公開していきます。
tonari のこれから
tonari は小さなチームです。ただ、質を優先する現段階においてはちょうど良いサイズだとも思っています。それと同時に、新しく作りたいもの、面白いデザインや次世代のハードウェアなど試してみたいことがたくさんあるのも事実です。量産化への道のりを考えるとき、とりあえず全力で前に走ってみたくなることもあります。tonari に熱烈な興味を持ってくださっている方に「まだお待ちください」というのは心苦しいですし、勢いに任せて成長の波に乗る方が心地よいと思うこともあります。
それでも私達は、一歩一歩、良いものを作ることに注力しつづけることに本当の価値があると信じています。人々が夢見るような、一度体験したら世界や未来の見方が変わってしまうようなそんな製品を、そこから作り出したいと思っています。
昨年の音楽祭 Labyrinth の冒頭で流れた、ロバート・フリップのこの一節を引用します。規模に囚われず、信念にしたがって良いものを追求し続けることの価値を肯定したステートメントに強く共感しました。原文でそのまま引用することをご容赦ください。
There’s hope that… since qualitative situations are not bound by quantitative rules, a small act of quality… is as large a qualitative act as a large act, since quantity and quality are two separate instances… My personal expression of this is: a qualitative leap inwards expands outwards in all directions.
2021年は、ビスポーク版から次のステージに進みます。量産化に向けて、大幅な成長を見ることになります。ただこれが、あくまでチームが質にこだわり、tonari コミュニティとの関係性やパートナーシップを大切にし続けた結果であることを切に願っています。
最後に、tonari のコミュニティの皆様、インスピレーションやフィードバックをくださった方々、私達をここまで導きサポートくださった方々に心よりお礼を申し上げます。これからも、tonari の道を一緒に歩いていただければ、これほど嬉しいことはありません。
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