新型コロナウイルス感染対策により日本でもたくさんの企業が急遽在宅勤務を実施、現在「働き方の見直し」などに関する情報があふれています。米ツイッターや、モバイル決済サービスのスクエアは、従業員が望めば在宅勤務を無期限に継続できる方針を発表し、そのニュースが世界中で話題になりました。その一方で、つい最近まで世間ではテレワークの概念、そしてそれにまつわる期待や課題、必要なガイドラインの整備などについては、あまり議論されてきませんでした。
これから、私たちの働き方や日常生活はどのように変化していくのでしょうか。
今回tonariでは緊急事態宣言を受けて在宅勤務をすることとなった社員(生産年齢人口の40%)をより深く理解するために、デザインから金融、製造業まで様々な業種でフルタイム勤務をしている25歳から68歳までの7人を対象に、2ヶ月間に渡る縦断インタビューを行いました。全体的な意見をまとめると、在宅勤務により時間的余裕ができ日常生活に柔軟性を持てたとメリットを感じる人が多かった中、デメリットとしてコミュニケーションのとりづらさやモチベーション低下を挙げる人もいました。これらの回答から考えると緊急事態宣言解除後もオフィス勤務が完全に無くなることはないは思います。
まずは定義から
一度定義を見直すと、改めて働き方にも色々な考え方があることに気づくことができます。「従来型勤務」は全員が同じ時間、同じオフィスに集まって働くというのが基礎となっています。「リモートワーク」はオフィスがある中、完全にオフィス以外の場所から働く勤務形態のことを指します。最近聞くようになった「分散型ワーク」は組織全体がオフィス以外の場所から働く、すなわち究極オフィスがなくても成立する勤務形態です。そして、「テレワーク」はオフィスで働くことをメインとしながらも、オフィス以外の場所からも働くことができる勤務形態のことを指します。
インタビューから見えてきたのは、企業は社員一人ひとりの生活を尊重し、効率の良い働き方が選べる、「テレワーク」のような柔軟な働き方を取り入れることを求められているということです。そして今後、従業員の働く時間と場所が分散すると、それに伴ってオフィスに求められる役割も変わってきます。環境の変化に伴い、テレワークを望む従業員が増えている中、どう企業のリーダーが他社に先駆けて発想を転換し先行投資していくのか、注目されています。
メリットは時間の節約と生産性の向上
在宅勤務の最大のメリットの一つは通勤時間です。東京に住む人は週平均8時間もの時間を混雑した電車で過ごしています。これはアメリカで「最悪の通勤」として知られているニューヨークの通勤時間より13%も長い時間です。テレビ局のディレクターを務める竹野真紀さん(仮名)はメリットは時間の短縮にとどまらず日中の生産性にも繋がるといます。「通勤がないと自分のペースに合わせて始業と終業時刻を調節しやすいです。また、午前9時半から午後6時まで働いていると、帰宅後気力が沸かず、家事を週末まで溜めてしまうことがありましたが今はサッと仕事の合間に家事をしたり、生活の質が向上した気がします。」
また、日本では家事の8割を女性が行っているという現状があります。在宅勤務で男性がパートナーの家事の量を目の当たりにすることとなり家事や育児に参加するきっかけとなっている様です。株式会社フロンティアコンサルティングの大阪支店長を務める森下雅人さんは在宅勤務によって起きた家族関係の変化についてこう話します。「 以前は子供と会えるのが朝だけで、寝た後に帰るのが普通だったのですが、今回、家族との時間が増えました。前々から妻に『月1ぐらいは早めに帰ってきて欲しい』と言われていたので、習慣づける為にも月1ではなく、週に1、2回実践したいと思っています。」
そして、在宅勤務を経験した多くの人が、時間と場所に捉われない柔軟性のある働き方に生産性を感じている様です。会社や自宅はもちろん、クライアント先の近くのカフェでモバイルワークを行ったり、出張先でも仕事ができることを実感している人が増えています。森下さんは「働く場所の選択肢が増えました。会社と訪問先と家の間でどこが一番効率良く働けるのかを考えるようになりました。仕事は必ずオフィスでという感じはなくなりました。」と話しています。
課題はコミュニケーションとモチベーション
社内のコミュニケーションやモチベーション低下など、インタビューから様々な課題も見えてきました。長期の在宅勤務となると、業務以外での同僚との雑談や何気ない会話がほとんど持てず、他部署との距離を感じたという意見が多く出ました。傾向としては、職場での人間関係がまだ構築できていない勤続年数の浅い従業員は、上司をはじめとした社員同士での意見交換をもっとしたいと考えている様でした。
若手営業マンの上原周さん(仮名)は、上司とのコミュニケーションが減ってしまったことにストレスを感じていたといいます。様々な案件が進んでいるかどうか常に気にかけていたそうですが、上司に迷惑をかけたくないという思いから、重要かどうかわからないことについては細かい連絡するのを躊躇していたといいます。「オフィス内なら隙を見て確認がとれるのに」と不満を持っていました。若手社員は多業種にわたって、似た様な悩みを抱えていました。
在職歴が長い会社員もオンラインでのコミュニケーションの取りにくさに悩まされていました。投資銀行で投資管理部署に勤める菊池玲奈さん(仮名)は、メールは対面でのコミュニケーションでは発生しない様なズレや壁を感じる時があると話していました。例えば、十分な説明もなく「お願いします」と一連のメールのやり取りが転送されてきたことがあるそうで、返信で背景や自分に求められている作業を確認したところ、読めばわかるはずです、と言わんばかりの素っ気無い返事が来たそうです。「メールでは相手の気持ちや感情を察知するのが難しいのでストレスに感じる時があります」と言ってました。
また、オフィスから何週間も離れていると、会社から心理的な距離を感じる人がいることもわかりました。エンジニアの小井出篤史さん(仮名)は、普段から電話で連絡を取り合っている工場の同僚が、自宅からだと会社に比べてなぜか距離を感じてしまうと言っていました。「家から作業していると、普段感じる仕事への責任感とモチベーションを沸き起こすのに苦労する」と悩んでいました。
チームメンバーのモチベーション低下は管理職側でも課題にもなっていました。あるマネージャーによると、緊急事態宣言発令から3週間が経過した頃あたりから、一部メンバーの意欲の低下が気になったといいます。「変な意味でたるんできている人もいる気がします。仕事も落ち着いて緊張の糸が解けているのでだらけているのかもしれない。イージーなミスがあったり、作業進捗が遅くなったりします。」
フロンティアコンサルティング東京本部の桾沢亞由さんは次のように語っています。「在宅ワークだと個人作業の進みはいいですが、コミュニケーション不足が原因で、対応している作業数が少なくなってしまいました。できれば対面でチームメンバーの様子を伺いながら、営業に貢献したいです。私がサポートしている営業担当者も気軽に質問ができない分、ストレスを感じていると思います。」
未来のオフィス空間の役割
インタビューを受けたほとんどの人は、在宅勤務を通して生活の柔軟性が増したことを評価しながらも、やはりチームと一緒に仕事をしたり、他部署間でノウハウやアイディアを共有したりする場所が必要だと感じていると言います。
同時に、会社勤務が絶対の中央集権型の働き方に満足している人が少ないことも見えてきました。大阪と東京の会社員1,824人を対象に、ロックダウン中のテレワークの状況について調査したアンケート(みんなのランキング)では、76%が毎日出勤するスタイルではない柔軟な働き方を望んでいるようです。
私たちのインタビューでは、多くの人が「最低でも週1でオフィス勤務をしたい」と答えています。オフィスでは個別ではできない様な作業、例えばチーム間でのタスクの優先順位づけや、ミーティングを行います。そして、個別では集中力を要する仕事を自分に適した場所とペースで行います。このように柔軟な働き方が重視されるにつれ、オフィスという空間はコミュニケーションの活性化やみんなでアイディアを生む場へと、概念が変わってくるのかもしれません。
フロンティアコンサルティング東京支部の設計デザイン部、ビルリニューアルグループのチーム長、池田枝里子さんは未来のオフィスについて次のように語っています。「おそらくフロアの面積は3−5割ほど削減されると思います。そして、節約されたオフィスの賃料をレイアウトなどの再設計に使うのではないでしょうか。例えば、管理部だけ固定席があって、他の社員は社内連携が取りやすい自由な席の配置になったり、コワーキングスペースのように広めのミーティングや休憩スペースなどができるかと思います。」
また、よく課題として日常の業務が紙ベースで毎日出勤せざるを得ないという意見も良く聞きますが、次のように語る管理職の方もいました。「弊社でも受注、管理、営業や事務のほとんどが紙ベースだったため、業務部では当初、このタイミングでの急なデジタル化は『無理です』という声もあったのですが、kintone(クラウドサービス)をより活用する工夫をしたり、ファックスをメールで受信できる様にしたことで状況は大分改善されました。『無理』はイメージに過ぎないと思います。考え抜けば実行できることが殆どです。」
成功の鍵は効果的なツールと新習慣
新型コロナによって訪れたデジタル化は、テレワーク導入への第一歩となりましたが、成功させるためにはやはりコミュニケーションやモチベーションを持続させるための新しい習慣やツールへの投資が必要です。
インタビューではRemo(バーチャルオフィス)や雑談用のチャットなどを設けることで業務連絡以外のカジュアルな会話を促していた会社もありました。同じ空間にいなくても繋がりを感じ、チームや組織の共通認識を保つことができます。また「Zoom飲み」「LINE飲み」などの言葉が流行りましたが、オンライン飲みによって社内コミュニケーションが活発になったという話も多く聞きました。支店長を務める森下さんは在宅勤務中はオンライン飲みを活用してより多くの人と情報交換することを意識していたそうです。「Web飲み会を始めて、他の支店との距離が縮まった気がします。東京の人とも気軽に飲めるようになって、支店や本社で止まっていた情報がもっと入ってくるようになりました。自粛期間中は近くの人が遠くなったけど、社内全体を通して見ると、情報が平均化された感じがします。」
また在宅業務の従業員は、会社側の積極的なサポートを感じるとモチベーションが上がることも見えてきました。外資系企業に務める鈴木さんは次のように語りました。「私の会社では在宅勤務をサポートするITチームを始め、作業環境のストレスを軽減するためにもワークチェアや、モニターを自宅に手配してくれる福利厚生がありました。万が一、オフィスに出社する必要がある場合は他の人と接触しない様に配慮をしてくれたり、公共交通機関の混雑を避ける為にタクシーの利用を許可していました。私は特にどのサービスを利用することもなかったのですが、ここまで社員のことを真剣に考えてくれる会社に感謝の気持ちと、家族の様な信頼感を覚えました。」
基本的には、従業員はどこで働いていたとしても、できる限り自らモチベーションを整え、業務への十分な参加と期日を守ることを約束して働いています。そして、それを実現可能にするために、会社側は働く環境を整える責任があります。効果的にテレワークを導入するために、日本ではまず、出社と残業が評価や出世に結びつく組織文化を変えることが必要です。そして、縦社会なので管理職自らがテレワークを理解・実践しないと、社内全体に広まらないと言うことを意識することが大切だと思います。
結論
今回、取材にご協力頂いた7人が経験したのは緊急事態宣言下での「在宅勤務」だったため、外出も制限されており本来の柔軟さがありませんでした。次回のブログでは、解除後、それぞれの会社で望んでいた柔軟な働き方が実践できているのか、理想の働き方を実現するために感じている課題などについて掘り下げていく予定です。
最後に、様々な理由から評価基準が成果主義に変わることを懸念する声も聞きますが、オフィスが勤務時間と態度を評価される場所から、社内外のコミュニケーションとコラボレーション活性化の場になった方が、単純に気持ち良く働くことができるのではないでしょうか。それを実現するためには、毎日の業務にあたる社員同士が積極的に新しい習慣やツールを提案し、管理職がそのアイディアをキャッチし、ガイドラインやプロセスを作成することが大切だと思います。
在宅勤務を行った、フロンティアコンサルティング東京本部の稲田晋司さんの感想で締めたいと思います。「会社全体がテレワークを体験したことで、その価値と課題を実体験として理解することができました。オフィスのデザイン会社として新しい、柔軟性持った働き方を提案し、業界全体を応援していきたいと思っています。」
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